連日、米イスラエル軍がイランに軍事攻撃をしているニュースが流れていて、気持ちが塞ぎこみそうになっている時に、今日の朝日新聞「天声人語」の記事が目に留まって、ふと癒しを感じたのは私だけではないと思います。そうか、今日はひな祭りだったっけと思い、その情緒溢れる文面に匂い立つ季節感を取り戻しました。「19歳の春のこと、樋口一葉は日記に書いている。明治25年といえば、西暦では1892年、その3月3日は雨の降る日だった。〈上巳の節会なればとて、白酒、いり豆などととのへて一同祝ふ〉暦を見れば、一年には五つの節句がある。5月5日の端午、7月7日の七夕のほか、上巳の節句もその一つ。別の呼び名では、桃の節句であり、ひな祭りである。一葉の家には姉も訪ねてきて、家族みんなで祝ったらしい。日記を読み始めると、降りやまぬ雨、原稿の執筆、文人との交遊と穏やかな日が続く。貧しく、手狭な家にいても〈優々たる春の光、春の匂ひの、身にも心にも家のうちにもみち渡りたる〉。そんな我が親子の暮らしに、たのしきもの、ありやあらずや。一葉のささやかで、小さな幸せを感じる文章である。同時に、何とも切ない気持ちにもある。のちに彼女が困窮を極め、病に苦しみ、24歳で逝ったのを知っているからだろう。その夭折を惜しむ。~略~連日の雨、夜の間に晴れ渡りて、うらうらと霞む朝のけしき、いとのどか也。一葉の言葉は、うつくしい。蕩々たる春の風が、梅の花をみだし、薫りたつ。鶯の声もひびいている。ああ我や、どの春を、よの人にお見せしましょう。」一葉が日記に書いた日と同じ、今日も雨がそぼ降るひな祭りとなりました。寒の戻りか、今日の工房は深々と冷え込んでいて、彫刻の作業場には情緒もなく、私は只管電動工具を動かしていました。樋口一葉がその短い生涯の中で紡いだ物語は、短編ながら珠玉の輝きがあると思っていますが、私にはどんなに創作の環境にあっても文学性を掠めるようなコトバが出てきません。高村光太郎のような骨太な詩が生まれることはなく、樋口一葉のような美しさを何気なく記せるものでもなく、私は工房の窓にあたる雨を眺めていました。