Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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週末 素材に対する憧れと現実

日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。先日、「光、凛とゆれる」展を見て、嘗て憧れたステンレスによる抽象彫刻について考えてみました。そのシャープでスマートな形態は、20代の私を昂揚させるには十分なパワーをもっていましたが、それは単に憧れだけで終わるのではないかと予感しつつ、やはり私にはステンレスを使う必然性がついに生まれなかったのでした。図面を引いて加工していく素材は、自分には向いていないと次第に気づき始めて、それでは私自身のオリジナリティはどこにあるのか、その問いは海外生活でも継続していました。「光、凛とゆれる」展の図録にあった「表現の素地となる素材はとりわけ、作家の精神構造を表す独自性、主体性そのものを表す。その意味でも表現と素材の関係は極めて大きい。」(細田雅春著)という言葉が示す通り、彫刻家にとって素材は重要であり、その素材の選択は自分の彫刻家としての資質に関わっているのです。それでは素材をどう選ぶのか、作家によってはまず素材ありきの人もいますが、私は自分が何を表現したいのか、自己イメージを優先してそのイメージに合った素材を選ぶ方法を採りました。若い頃に憧れたステンレスは既に頭にはなく、自分が紡いだイメージは海外で眼にした発掘現場にありました。そこにあった古代都市の景観と発掘された数々の出土品の質感を自分の中に取り入れるのはどうしたらよいのか、それを頭の中で熟成するのに時間を要しましたが、結局私が選んだ素材は学生時代から慣れ親しんだ土でした。ただ、学生時代にやっていた塑造を石膏に取り、他の素材を流し込んでいく方法ではなくて、土そのものを焼成して、そのまま保存できる状態にする陶彫という技法でした。古代からイメージした形態は、単純化して紋様を加飾するものになり、現在に至っています。そこに木材を加えることがあっても、私は発掘された現場のイメージを陶彫で何年も繰り返し、架空の都市を造形しているのです。

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