「死、欲望、人形」(ピーター・ウェブ、ロバート・ショート著 相馬俊樹訳 国書刊行会)を読み終えました。本書は人形制作や版画を主な表現媒体にしたドイツ人芸術家ハンス・ベルメールの生涯を書いた伝記です。日本でベルメールはそれほど知名度がなく、私は人形作家四谷シモンの個展で、ベルメールの存在を知りました。本書の「おわりに」にあった文章を引用いたします。「ベルメールは覗き見趣味の『色情狂』というよりむしろ、『臨床の誘惑とイメージの魔力に憑かれた詩人』として理解されるべきであろう。その作品と個人的な傾向によって彼自身が、今や近代的な想像力の中心と認識される特異な領域の文化的参照となった。~略~生涯においては、貧困と亡命と、そしてプライバシーを堅守しようとする徹底した警戒心にもかかわらず、ベルメールはアヴァンギャルドの主要人物たちと知り合い、共作した。~略~快楽と苦痛との照応関係のネットワークを探求し、自らの芸術により肉体と精神の従来の区分けを問い直そうと試みるとき、ベルメールは、現代人の精神的傾向とかかわる自己同一性という観念の徹底した革新行為に参入している。このことは、性とポルノグラフィに関してであろうと、ジェンターと表象に関してであろうと、聖愛と俗愛に関してであろうと、なぜ彼の芸術が現代の様々な議論でほとんど言及されることがないかを明かしている。」私は20代の頃に、アンダーグラウンド演劇に心酔し、唐十郎率いる状況劇場(赤テント)に通い始めました。その芝居で女形を演じていた四谷シモンに注目し、彼が人形作家であるのを知りました。彫刻として人体塑造をやっていた私はリアルで妖艶な四谷シモンの人形作品を見て、魂がある彫刻と、がらんどうの人形に不思議な対極性を見取り、何物にもなれる人形の魔性にも惹かれるものがありました。その原点にベルメールがいて、自分の中に存在し得ない雰囲気が妙に印象に残ったのでした。当時は自分では説明がつかなかった何かが、本書によって丁寧な論述がされていて、今回で何となく腑に落ちたように思います。自分の若い頃の闇がひとつずつ解明されていくことに己の齢を感じるこの頃です。