今日の午前中は家内を誘って、横浜中心部にあるミニシアターにペルー映画「今日からぼくが村の映画館」を観に出かけました。本作の上映時間が午前中だったため、工房での制作は午後に回しました。映画という媒体の原初体験を描いた初期衝動が、昔観たイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」を彷彿とさせるものがあって、質の高い内容に仕上がっていました。ただ、本作はイタリアよりさらに素朴な南米の村の出来事で、アンデス山脈の高地にある村が舞台でした。そこで暮らす少年がふとしたことで移動映画館のことを知り、父と町に物売りに出かけた際に映画を観る体験をしたことでドラマが始まります。その体験を学校の仲間に興奮気味に話すうちに、子どもたちで映画に行くことになり、そこで観た彼らの恐怖体験によって各家庭が混乱し、大人たちが村で集会を開くことになったのでした。村人も一度映画を観てみようと映画館に出かけてみたのですが、映画は村人が使っているケチュア語ではなかったので内容が伝わらなく、紆余曲折あって、映画はスペイン語が出来る少年一人で観て、その内容を村の集会で伝えることになりました。映画内容をジェスチャーを交えて愛嬌たっぷりに伝える少年の仕草が可愛らしく、これが本作の見せ場になっていると私は感じました。村での伝統的な暮らしや祈りを捧げる場面、少年の唯一の味方として視野の広さに理解を示してくれた老婆の葬儀の様子など、アンデス山脈の高地に残る風習も本作では丁寧に描いていました。図録によると「本作では伝統的なアンデスの村の様子や文化と、アンデス世界と都市部のスペイン語世界を仲立ちする子どもたち、そしてアンデスの農村から都市に出ていって帰ってこなかった(これなかった)者たちとその家族が描かれる。アンデスの伝統文化を肯定的に評価しようという近年のペルー社会の変化と、それとうらはらに変わりつつある農村を背景に、失われつつある『理想的な』アンデスに対する郷愁が表されている、そのようなものとして本作を解釈することもできるだろう。」(蝦名大助著)一緒に行った家内が劇伴音楽として使われていたペルーの民俗音楽に心地よさを感じたと言っていました。