「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第1章 ピクチャレスクとは何か」の中の「3ピクチャレスクと革命」の気に留めた箇所を取り上げます。「ピクチャレスクの時代には風景との接し方に大きな変化があったが、この時代の政治や経済の影響も無視できない。18世紀後半から始まった政治・農業・産業の分野における革命は、風景の見方だけではなく現実の風景そのものにも影響を及ぼした。~略~ピクチャレスクが描いているのはノスタルジックな風景であると歴史主義者達は主張したが、ギルピンは視覚的特徴がピクチャレスクの条件に合致しているものは伝統的な田園風景に限らず描写の中に織り込んでおり、そこには産業革命との関連が明らかな事象も観察・描写の対象から排除されてはおらず、その美と醜の両面を描いている。」この時代はフランス革命やアメリカの独立戦争があり、革命の機運が高まっている中で、社会の構造が風景に与える影響もあったようです。「ピクチャレスク・ツアーの訪問先の村々の多くは、近代化の嵐から守られたパストラルの理想郷として描かれる傾向があった。この背景には18世紀の前半から始まっていたパストラリズムや原始主義(プリミティヴィズム)の流れあるが、そこにも近代化への反発を見出すことが出来る。~略~1790年代に対岸の革命の最中に高まった自国讃美の潮流は、18世紀半ばからすでに始まっていた。このナショナリズムの傾向は、プライスやナイトの風景論のみならずメイスンの『イギリス庭園』などにおいても自生種の植物の礼賛と外来種の排斥という形で現われている。また風景美への関心の中で、労働者の住居を外観だけ模倣したコテージ・オルネ(装飾コテージ)なるものを地主が庭園の中に新しく建てることが流行するが、これはパストラリズムや労働者の理想化の影響である。実際の建築をめぐって、現実の貧困層の住居の改良運動と富裕層のコテージ趣味の発展とは相互に刺激し合いながら発展していった。」今回はここまでにします。