先日、上野にある東京国立博物館平成館で開催している「空海と真言の名宝」展に家内と行ってきました。図録には「宝亀五年(774)に生を受けた弘法大師空海は、令和五年(2023)に生誕1250年を迎えた。」とあり、密教を日本に広めた業績により空海は大師と呼ばれる不動の存在になりました。「密教とは顕教に対して用いられる用語である。顕教は釈迦のような歴史的に実存した応身仏や請願によって成仏した阿弥陀のような報身仏の教えであるのに対し、密教は宇宙の根本である大日如来(=法身仏)が悟りの境地と即身成仏を説き、すべてのものを救う教えなのだと空海自身が『弁顕密二経論』の中で説き明かしている。」密教について簡単な入門書を、嘗て私は読んだことがあって、胎蔵界曼荼羅や金剛界曼荼羅について、それが何を意味しているのか、雑駁な知識とは言え一応理解をしています。そうした両界曼荼羅が展示されているのを見て、私は不思議な懐かしさを覚えました。「真言宗ほど美術の力を認め、活用した仏教教団はないかもしれない。~略~現代に生きる我われは、仏像はすべからく公開されるもの、そして視認して拝むものと思い込んでいるが、造像当初は決してそうではないことがあるからである。たとえば、仏堂の中心的な仏像を本尊と呼ぶが、本来『本尊』とはそうした意味あいよりもむしろ、修法の中心となる尊像を意味した。」(引用は全て児島大輔著)宗教を美術的な鑑賞題材と捉えて、仏像を見て歩く習慣は近現代になって現われた行為であったのが、本展に展示された秘仏を見るとよく分かります。それでも宗派に属さない一般人として、その宗教を理解するには美術的鑑賞に頼るところが大きいかなぁと思ってしまいます。私が教職に就いていた頃、修学旅行の引率として教王護国寺(東寺)に行くのが楽しみでした。講堂にあった立体曼荼羅は、生徒たちが目を見開いて鑑賞するのに十分な迫力があったのでした。「先生、どうして仏像が集団でいるの?」という彼らの素朴な疑問に、どうしたら分かりやすく答えてあげられるのか、密教の輪郭さえ辿れない自分がいてモヤモヤしたのを思い出します。秘仏については稿を改めます。