Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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新聞記事より「文字の霊」

昨日の朝日新聞「折々のことば」に掲載された記事より、その内容を取り上げます。「文字ノ精ガ人間ノ眼ヲ喰イアラスコト、猶、蛆虫ガ胡桃ノ固キ殻ヲ穿チテ、中ノ実ヲ巧二喰イツクスガ如シ 中島敦」この言葉に著者の鷲田精一氏がコメントを寄せています。「文字の『霊』を調べる老博士は、字を凝視するうち、意味のない線の交錯にしか見えなくなる。そして体に魂が住まうように、バラバラの線に意味を与えるのは文字の霊だと直観する。と同時に、文字を知ることが、見落としが増えたり、しゃっくりが出たり、臆病になったりと、生そのものに障ることに戸惑う。短編小説『文字禍』から。」文字は確かに線の交錯で出来上がっているので、そこに意味を見出さなければ、単なる構成物です。私は文字から意味を取り除いて、線の芸術として印を彫る場合もあります。文字も意味を理解しなければ、美術作品として鑑賞の対象にもなり得ます。漢字やアルファベットなら日本人の私でも意味は多少は理解できますが、国際社会で通用する文字の中には記号にしか見えないものも数多くあります。視覚的に見て美しいと思える文字は、美術として認識しているからに他なりません。私たちが馴染んだ漢字やひらがなは、美術として見るよりは、同時に意味が瞬時に出てくるので、これは中島敦流に言えば、そこに文字の霊がいるのだと言っているのです。美術作品を鑑賞する人の中には、意味が分からないと不安になる人がいて、この現象を思い起こしました。そこに意味を教える霊が存在しないからです。意味は自ら考える、誰も説明はしてくれない、文字を持たない造形美術や音楽において革新的な表現になればなるほど、旧知の霊はそこにいません。中島敦は夭折の小説家で、私はパラオで創作生活を送った彫刻家土方久功の書籍でその名前を知りました。土方久功との交流も興味深いものでした。また、横浜高等女学校(現横浜学園高)の教壇に立っていた時期があったので、親近感を持ちました。そのうち代表作を読みたいと思います。

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