「ピクチャレスクとイギリス近代」(今村隆男著 音羽書房鶴見書店)の「第4章 ピクチャレスクと建築」の「2ピクチャレスク理論とコテージ」を取り上げます。「多様性と、時間をかけたその調和の尊重は、典型的なピクチャレスクの理念である。注目すべきはギルピンが、様々な人々がそれぞれに造り上げた『小さな住まい』即ちコテージの集合体である村を景観の一つの単位としてとらえ、その村のあるべき景観について意見を述べていることである。ピクチャレスクの理想に合致する景観が生み出されるには、独断的な指針でなく多様な思考と時間の経過による変容が前提となる。~略~彼(プライス)はそこで、まず城郭や大邸宅などの壮大な建物を取り上げ、さらにそれらの建物の廃墟の魅力について述べた後、コテージや水車小屋などに話題の対象を移す。大建築が『優美と壮麗』を表す例であるのに対し、コテージなどの卑近な建物は『多様と錯綜』を表し、『そのままでも極めてピクチャレスク』であるとして彼は価値を見出す。~略~コテージャー達の建物がピクチャレスクの理想から見て好ましいのは、それが財産の誇示のために作られた装飾優先の建物とは異なり、住人に『快適さと楽しみ』をもたらす実際の『一般的な住居』としての建物であるからだ。つまり、住む側の立場に立ってコテージを見つめる『人間性』が必要で、それを持ち合わせていない者が新しい村を作ろうとしても理想的なものは作れない。~略~プライスの労働者観に関しては、フランス革命を背景にした保守的な時代背景や、地主であるという彼自身の社会的立場など様々な要因をも考慮する必要があって断定的な評価は難しいと思われるが、ここで重要なのは彼が労働者の生活に関わるモラルを重視して、その上でそのモラルと美観の両方を尊重する立場を取ったことだろう。そのモラルの内容は問われなければならないが、プライス以降、住居は居住者がいて初めて存在意義を持つという当たり前の事実にピクチャレスクの美学は立脚するようになっていったこと、つまり、ピクチャレスクとモラルが結びついていったことは見落としてはならない。」今回はここまでにします。