昨日は東京都江東区にある東京都現代美術館で開催している「光、凛とゆれる」展を訪れ、多田美波ワールドを堪能してきました。油絵から出発し、やがて抽象傾向の絵画から立体に移行していく作家の歩みは、なかなかドラマチックで最終的に辿り着いた鏡面磨きの曲面を使った構成的な野外彫刻は、私が学生時代に憧れた世界でもありました。過去に野外彫刻展が華やかだった時代が思い出され、私自身は学校で地道な人体塑造に苦労していて、そのギャップに自分の心の置きどころが分からなくなっていました。唯一の救いは多田美波をはじめとする当時のスターアーティストの一人が私の学校でも教壇に立っている事実で、私もいずれそうなりたいと願っていたのでした。図録によると「〈周波数〉シリーズに特徴的であった『皺』が姿を消し、より幾何学的なシルエットとゆるやかな曲面による構成へと推移した背景には、素材・技法の変化に加え、作品が屋外環境へと開かれていったことがあったと考えられる。前者の作品においても反射像による流動性は重要な要素であったが、野外彫刻においては、その対象は朝夕や季節、人々の往来など、空間的にも時間的にも変化し続ける環境そのものへと拡張される。その結果、流動的な環境のただ中に置かれる造形そのものは、より洗練された幾何学的形態へと収斂していったのではないだろうか。」(小高日香理著)その頃、神戸の須磨離宮や宇部で開催された野外彫刻コンクールをはじめとする彫刻の野外展示は、さまざまな美術雑誌等で紹介され、今まで工業製品としか認識していなかったステンレスやアクリルが周囲の環境と相まって、都会的な美を謳歌し始めていました。都会のビルや公園に置かれた彫刻は、ヨーロッパに見られるバロックやゴシック彫刻とは違った意味で、まさに日本的な美を象徴するような環境を創出していて、私たち学生からすれば、彫刻が社会の中で存在し得る方法を示している最高の例だとさえ思わせてくれたのでした。多田美波はその中心にいて、今回の「光、凛とゆれる」展でその活躍の場を遺憾なく発揮していると感じていました。