日曜日になりました。日曜日は創作活動についてNOTE(ブログ)を書いています。今日は創作活動の本流に近いイメージについて述べていきます。作品の発想はどこからくるのか、またそのイメージはどういうものか、自分の中では繰り返し考えていて、イメージが未来永劫湧き出てくるにはどうすればよいのか、自分には大いなる課題です。私の場合は彫刻を作っているので、イメージとしてまず視覚的な情景が浮かびます。彫刻的素材を前にすれば、それが触覚的になり、量感を伴った立体物として把握するようになるのですが、その前の視覚的情景が問題です。これは理屈ではなく、曖昧模糊とした状態で浮かんできます。それでも現存の作品に繋がるものとして、また発展したものとして湧き出るので、私の中ではまだいけると思っているのです。イメージが枯渇するのであれば、作品をどんなに考えても既視感があって退屈なものになるのかなぁと私は思っています。それでも現在は不安に駆られながらも、まだ先にいけると信じているので、焦らず休まず制作に励むことにしています。創作活動のイメージは訓練が必要だという持論が私にはあります。何にもしていなければイメージも湧いてきません。イメージを絶やさないために嘗て私が採った手段がRECORDでした。教職が多忙過ぎて、創作をする時間が押し潰されてしまいそうな時に、一日1点ポストカード大の平面作品を作っていくのを自分に課したのです。たとえ授業の合間の休憩でも、また通勤電車の中でも小さな紙を前にして、私はあれこれ考え、また鉛筆を動かしていました。今も遅ればせながらRECORDをやっています。RECORD制作では、確かにイメージは訓練するべきものという実感があります。初めはRECORDをイメージ継続のための手段としていたのですが、私の性癖のせいかRECORDの質を高めてしまい、エスキースではなくタブローのように表現してしまっています。RECORDを気軽に扱えなくなったのも制作が遅れている原因の一つですが、イメージの訓練になっていることは紛れもない事実です。