Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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「問題の所在」について

「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第9章 聖母像の変容」は8つの単元から成っていて、今回は「1問題の所在」と「2暦、聖書、『マリア観音』をもつ潜伏キリシタン」の2つの単元を取り上げます。「マリア観音は、納戸神にみられる日本化、土俗化とはまったく逆の方向に発展した隠れキリシタンの聖母像である。それはすでにエスタブリッシュ(※確立する)されている。アジアの普遍宗教としての仏教のなかの『観音』の姿をとった。~略~『マリア観音』という名称は大正時代以後のものであって、それ以前には存在しなかったということである。『マリア観音』という名称が、近代の学者の命名であり、キリシタン信徒のものではないという事実は、非常に重要である。~略~マリアには、さまざまな場所に『顕現』する性質が信仰の初期から報告されているのだが、他のものになる、化身の性質は聞いたことがない。化身という概念は、キリスト教には存在しない。しかし、仏教の化身という作用に慣れているキリシタン民衆が、仏をマリアの化身とうけとるということはあり得るだろう。観音のもつ『化身』という指摘は非常に重要であり、すくなくとも、定説となっている『見立て』論よりは、はるかに民衆の信仰心に近いものであると考える。『化身』とは、ある本質が姿を変容することを意味するのであるから、本質は変化せず、しかも、信徒の状況に合わせて姿を変えるのであれば、辺土における変容の中でも、マリアが、その機能をかわることなく発揮することができると民衆は考えたかもしれない。~略~マリアと観音信仰との『融合』が起こったのは、まず何よりも双方が『子を抱く母性』を表象し得る形象と本質をもっていたという共通性のゆえであるという指摘には、筆者にはまったく異存はない。まさしく、マリアの像は、常に子どもを抱く母の像であった。これに対応できる仏教の仏が観音であったから、マリア観音の姿をとったのである。~略~『マリア観音』をもっている集団のほうが、心性の中でも、歴史的時間の中でも、より確実に救済を確信できる立場におり、より展望の開けた精神世界をもっていたという推測が可能になる。ということは、逆に、納戸神は、秘匿可能なイコンとして創造されたものである。すなわち、比較的途絶した環境で生まれたものであったことから、その世界は閉ざされており、『マリア観音』とは、秘匿できない環境、ある程度の公開を余儀なくされた環境の中で、仏教的形姿を像を採用したのであって、その世界は開かれたものであることを余儀なくされていたという差異を示している。いずれにせよ、納戸神と『マリア観音』は非常に異なった環境における信仰形態を示すものである。」今回はここまでにします。

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