「ロマネスク美術革命」(金沢百枝著 新潮選書)の「第2章 ロマネスク再発見」の気に留まった箇所を取り上げます。「一般にロマネスクは、おおよそ10世紀末から12世紀の西ヨーロッパの建築様式とされる。ルネサンス建築のように特定の地域に限定されて見られるものではなく、北はノルウェー、東はエルサレムまで広がったヨーロッパ初の共通様式であるため、『ロマネスク美術』や『ロマネスク期』といったぐあいに、美術や歴史の時代区分としても扱われる。空をつんざくように尖った先端をもつ、垂直性の強いゴシック建築とは対照的に、ロマネスク建築は大地に根ざしたような安定した形態をもち、古代ローマ建築を思わせる半円形のアーチが並ぶところが様式上の特徴である。~略~ロマネスクの起源は霧につつまれている。ゴシックなら12世紀後半のイル・ド・フランス(パリ周辺)、イタリア・ルネサンスなら14世紀はじめのフィレンツェと、誕生の時期も場所も特定できるのに対し、ロマネスクは、いつ、どこで生まれたのか定かではない。一方、その終焉時期は、ゴシックの誕生期と重なるため、特定は比較的容易である。」ロマネスク美術は20世紀になって再発見されたことが、私には驚きでした。「《バイユーのタピスリー》は18世紀のうちに見出されたが、これはむしろ例外で、壁画や刺繍などロマネスクの美術品の多くは19世紀末から20世紀初頭にかけてようやく、ヨーロッパ各地の聖堂で『再発見』された。~略~当時、ジョアン・ミロとともに毎夏バルセロナで過ごしていたパブロ・ピカソは、カタルーニャ美術館でロマネスク壁画に強い印象を受け、知人のサバルテスに『ロマネスクの画家たちの表現力、力強さ、思い描いたものを明確に描く力』を賞賛したという。~略~カタルーニャのロマネスク美術は、《ゲルニカ》とともに、いわば反フランコ政権派を象徴する美術作品となったのだ。こうしてピカソの炯眼とスペインの政治・社会状況、モダン・アートと反体制運動との結びつきを背景にしながら、ロマネスク美術は当時のアヴァンギャルドなアーティストや知識人たちの関心を集めていった。」今回はここまでにします。