Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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大徳寺は「水墨障壁画の宝庫」

先日出かけた東京国立博物館で開催している「大徳寺展」。数ある逸品の中でも、私が気を留めた作品は、まず中国の禅僧画家牧谿による「観音猿鶴図」でした。微光に包まれた幽暗な世界に観音、猿、鶴が溶け込んだ墨画淡彩が展覧会入口で、私を迎え入れてくれました。図録に大徳寺は「水墨障壁画の宝庫」であると記されていて、その名の通り高度な障壁画の数々が展示されていて、私は暫し立ち尽くしてしまいました。まず、狩野派で言えば伝正信筆による「武石白鶴図屏風」や「四季花鳥図」は墨の濃淡と描き込みが見事でした。孫にあたる永徳筆の「花鳥図襖」や「琴棋書画図襖」には瑞々しさがあって、たっぷりした空間を感じました。図録より関連の文章を引用します。「永生十年(1513)に古嶽宗亘の塔所として創建された大仙院方丈の障壁画は、創建時の方丈遺構と障壁画遺品が完備し、当初の配置を再現できる点でもきわめて貴重である。大仙院の襖絵は、方丈内で最も格式の高い室中を足利将軍家同朋の相阿弥が担当し、その他の部屋は元信とその一派が担当した。室中に描かれたのは瀟湘八景図で、牧谿様にならった湿潤な大観的画面が展開している。檀那の間を飾る四季花鳥図では、水景を中心とする水墨山水の中に色とりどりの花鳥を配しており、元信による真体花鳥図の真骨頂を示す。~略~時代の寵児として華々しい活躍を見せた永徳だが、ここで彼に真っ向から対峙した絵師がいた。長谷川等伯である。等伯は能登から上洛し、永徳の没後は秀吉の画事を務めるに至るまで昇りつめたが、その飛躍の大きな契機となったのが大徳寺における仕事であった。」有名な「唐獅子図屏風」を描いた狩野永徳や、同じように有名な「松林図屏風」を描いた長谷川等伯という、私にとって馴染みのある絵師が登場してきて、「大徳寺展」は一気に親しみを持つに至りました。ただ幾度となく見て記憶にある水墨画より、ここで初めて目にする障壁画の方が新鮮であり、また運筆を確信するだけで、楽しみが倍増することもよく分かりました。水墨障壁画は総じて湿潤な空気感を表現することに長けていて、これが日本人の日本人たる特徴なのだろうと思いを新たにしました。

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