「奇想の美術館」(アルベルト・マングェル著 野中邦子訳 白水社)の第4章である「目撃者としての写真」について、気に留まった箇所を取り上げます。本章はティナ・モドッティの写真についての考察です。「写真による映像はあっというまに世間に受け入れられ、空間と時間を征服するようになった。私たちは過去に起こった出来事の目撃者となったが、これはかつて例のないことだった。戦争、重大な事件、個人的な事件、見知らぬ土地の風景、祖父母の子供時代の顔などがカメラによって記録され、私たちはそれをしげしげと眺めることができる。レンズという目を通して、過去が同時代のものになり、現在は共有されたイコノグラフィーになる。~略~1920年、ウェストンは女優のティナ・モドッティと知りあった。モドッティは1913年、17歳のときに故郷のイタリアからアメリカに渡り、サンフランシスコのイタリア系劇場に出演して地元の人気スターの仲間入りをした。その後すぐ、ハリウッドに進出したが、そこでのキャリアは短期間で終わった。~略~ウェストンにとって、モドッティは本来、モデルであり、被写体にする女体であり、愛人であり、同僚というよりもむしろ気の利いた生徒でしかなかった。モドッティにとって、ウェストンやその後の愛人たち、たとえばディエゴ・リベラなどは、肩を並べる芸術家仲間だった。この差は決定的だった。~略~この時期、モドッティが撮った写真ーくたびれた足、鍬の柄を握った労働者の両手のクローズアップ、農婦と哀れな子供たちの肖像、質屋の前で待つ人びとや汚れた路上に横たわる人びと、労働者のストライキや政治デモーは見る者に現実を直視させるが、その現実にはそれ自体の注釈が含まれる。モドッティは、ある種のドキュメンタリー写真のように、見る者の共感を引き出したり、倫理的な立場を『補強』したりするため、ことさら野蛮さを打ちだす必要はなかった。民衆の覚悟、情熱、雄弁さを記録する彼女の観察力には静かな正確さがある。」今回はここまでにします。